リーフレット 8-1


帝王切開 一九七三年三月十二日~十八日•1

新里陽一

「日本美術サウンドアーカイヴ──新里陽一《THE CAESAREAN OPERATION》1973年」リーフレット、2019年、1-2頁。



妊娠、青春の出発がこのような結果として始まった。

物質を僕の意識の比喩として使用し、生産された物たちを並べ、そして僕の位置を再確認する場所として田村画廊での発表が持たれた。画廊内はただ単に物を展示する場としてだけでなく、僕の生活の延長上、社会生活といかに係わり合えるかという行為する場としての問題も含まれていた•2。そこで僕は僕の実験する研究室を設定し、帝王切開というタイトルを掲げた。

画廊内に僕が入る時(会社などでいう出勤時にする)、画廊が終り出る時(退社時にする)は必ずタイム・レコーダーにて、それぞれの時刻を記録する。画廊内には一日の日程表が掲示してある。一日の僕の行為はその日程に従わねばならない。又、画廊内にはデビュー当時のELVISの古いロックン・ロールが騒音のように一日中鳴り響いている。

ところで田村画廊での展示内容、行為内容等を記述する前に、それ以前に行為を重ねて来た一連のRESEARCH(以後R-何々と記す)をここで語る必要があるだろう。

まずR-7から始めよう。日時、一九七二年十一月十四日午後六時。場所、日大芸術学部美術学科内一階ロビー。R-7開始。床には二台の机が置かれてある。一つは実験台用としての机、もう一つは実験に必要な物質、器材等々用としての机である。一〇〇CCアンモニア入りビーカーを木製の小箱に入れ、実験用机に置く。さらにブック・エンドを置く。その間に、空の場所がめだつ五十台位収容可能な駐車場写真の七種類のコピー用紙入りカード・ケース七枚置く。実験装置を設置する。水。塩。スプーン。テクル・バーナー。三脚。金網。ビーカー三個。ガラス棒。そして都市ガス。実験内容はの結晶を見ることである。全行為を録音すること(マイクの都合が悪く中止)。R-7用テープ(中井法政大学教授著、科学実験指針、東京数学社。一時間の自己朗読録音テープ)をスタートする。このようにして七時十九分塩の結晶を見る。炎を止める。テープ就労七時三十分とともにR-7は終了した。なお、実験に必要な諸動作以外、僕は机のそばに座っていなければいけない。あくまでも僕は道具であること。

R-8。日時、同年十一月十八日と十九日の二日間。場所、日大芸術学部美術学科彫刻教室地下一階の裏庭。R-8用テープ(廊下の五、六メーター間を自ら往復歩行した際に出る足音を録音したもの。所要時間は二時間である)を流す。十八日、午後二時五十分。まず“行為中につき、これらのもの丶丶の持ち出しを禁ずる。新里。”と所定場所のコンクリート床に白墨で明記。一台の机をあらかじめ用意して置く。その上に日大芸術学部の配置図、行為内容表、時間記録表、時計、テープ・レコーダー、鉛筆、ペンキ、筆等が置かれてある。R-8は僕が日大芸術学部の敷地内を歩き回わり、その際僕自身に感触あるものとして眼に止まったもの丶丶を拾い、所定場所に持ち寄り集収する。さらに次の日、それらのもの丶丶を同じ場所に戻すという行為である。なお、拾った場所に×印、番号、拾った時間をイエロー・ペイントで明記する。戻す場合には時間だけを赤ペイントで記す。さらに、所定場所の配置図に拾った場所、拾った順に番号を記入。別紙には所定場所に置いた時間、拾ったもの丶丶の名称を記入する。又、もの丶丶には拾った順に番号を白墨で記入して置く。なお、拾うもの丶丶は僕一人で持ち得るものとし、一個だけとする。行為は録音テープ終了までとする。もの丶丶の名称を参考までにあげると、鉄の棒、石、鉄L字鋼、レンガ、木、コンクリート・ブロック、ペースト罐付き鉄片、たま石、鉄製の車、ダンボール箱、油土、駐車禁止の立て札、ポリエステルのゴミ箱、丸太、灯油カン、カンカラ、角材、グレー塗りL字鋼、バケツ、枕木である。テープ終了、午後四時五十五分。

十一月十九日、午後二時三十分、R-8用テープ流し、配置図を見ながら、拾集したもの丶丶を番号の大きい順から元の場所に戻す。別紙には持ち出した時間と戻した時間を記す。さらに置いた場所に、その時間を赤ペイントで明記して置く。午後四時六分、もの丶丶を戻し終える。さらに“行為中につき……新里。”の文字を消し終えた時間、四時十分。テープ終了午後四時三十四分と同時にR-8は夕闇とともに終了した。

R-9。日時、十一月二十四日。場所、横須賀市田浦港町旧倉庫群。適当な倉庫一つを選び出す。正面扉を閉鎖している板切れにRESEARCH9と黒ペイント・スプレーで吹き付ける。午後三時三十分。行為は倉庫壁の錆び付いたボルトと新しいボルトを交換することである。ボルトのサイズは前もって調査してある。交換したボルトのそばに番号を貼り付ける。四時十五分、写真撮影不可能により行為を中止する。この間、ボルトは四個しか交換できなかった。あらためて錆びたボルトに時間の長い流れを感じ、家路を急いだ。古いボルトは適当に紛失している。

R-10。日時、十一月二十八日。場所、横須賀市田浦町の旧倉庫群の一棟である。R-9の時とは別の倉庫であり、部屋が三室に別れているのを選んだ。倉庫というより、旧軍隊下の工場跡を思わせる建物である。その建物の×印に封鎖された戸のすき間から中に入る。静かで埃っぽい。一番目の部屋を一号室、順に二、三号室とする。まず三号室に備え付いてある机の上に時計、テープ・レコーダー(テープにはホッチキスの針を閉じる音が録音されてある。時間は二時間)、本(“戦争”ル・クレジオ、豊崎光一訳、新潮社)等を置く。さらに机の下にはR-10に必要な諸道具、カメラ等がある。午後一時二十分、テープを流す。一号室にある鍵入れケースの上に鉛の円柱(直径十五ミリ、高さ三〇ミリ、RESEARCH10,1972,11,28と明記のレッテルが貼ってある)を乗っける。二号室に行き、備え付けの六段の棚の、上から二段目の右端の位置に数十本の虫ピンを刺す。さらにその部屋の流し場の中にある木製の箱形容器にアンモニア水五〇〇CC流し込む。三号室に戻り本の朗読に取りかかる。そして読めない文字が出た場合、別紙にその文字とページ数、その時間を書き取る。朗読はテープ終了まで行う。終了後、読めなかった文字と、名詞以外の適当な助詞、動詞、形容詞、副詞等々で文章にする。ここまでがR-10の行為であった。やんぬるかな朗読開始後十分守衛に見つかり、建物を追い出され、ついに迷文章は日の目を見ることなく終わった。

僕の中で戦争が始まろうとしている。

R-11。十二月四日、日大芸術学部内公衆電話にて。机。時計。テープ・レコーダー(通話用と録音用の二台)。ペン。多くの十円玉。メモ用紙。この行為はあらかじめ録音したテープ音を電話を使用し相手に送り、その相手の声を録音することである。午後四時三十分開始。なお、通話内容は次の文章である。

――様のお宅でございましょうか。こちらは住所、新宿区左門町三番地、電話番号三五三、三九五五、氏名、新里陽一と申しますが、現在行為中に付きまして、あなた様の御協力をお願いいたします。この録音テープは私がこの行為のために前もって吹き込んでおいたもので、作家、評論家、画廊並びにその他の美術関係者の方々を私の主観なり都合で選び、アイウエオ順に従い通話している所です。この通話場所は練馬区旭丘二-四二日大芸術学部内の一つの公衆電話を使用しております。なお通話文章はあなた様の他、他の方々にも、これとまったく同様のものであります。御協力深く感謝いたします。一九七二年十二月四日、月曜日。

通話開始直後、又しても録音用マイクが故障し、僕の耳だけが記録の役目となり、諸氏の反応が文章化なり音なりで確認できないのが残念でならない。僕の耳の記録の記憶は夢のようなものであるらしい。

ここまで述べて来た行為はあくまでも田村画廊での帝王切開に標準を定めてのことであった。その発表に入る前に今一つのことを述べなければいけない。

RESEARCH 13 & MATERIALS FOR RESEARCH WORK

と題した発表である。日時、一九七三年一月二十二日~二十七日。場所、みやま画廊。“追放者”というグループ展に於ける行為と研究資料又は作品である。追放者は以後解散した。仲間らは油絵と版画の発表である。そのことが僕の行為の背景にやさしい安らぎの効果を持たらした。毎日僕は画廊にて実験机を前にして座り、鉄ボルトにニッケル・メッキをする作業をした。一日一本の日程であった。メッキ液の臭い、机の引き戸の中にはアンモニアの液があり、ガラス器具、水、塩酸、その他メッキ作業に必要な物質、道具、筆記用具等が机の上に置かれてある。さらに事務戸棚が一個置かれている。研究資料と題された戸棚の中には過去の行為の結果としての写真アルバム、二百枚程の女性の謄写ワックス、卵巣(虫ピン入りシャーレ一個と黒ラテックス入り試験管六本が納められているレター・ケース)があり、精子(鉛入り注射器)があり、妊婦(アンモニア水入りメス・シリンダーのある印鑑ケース)が置かれてあった。

一九七三年三月十二日、田村画廊の扉を開くとタイム・レコーダーの耳障りな小さな音が鳴り続けている。それにカードを刺し込み数字を記録する。日程表を確認し、行為内容表、時計、灰皿、ブック・エンドとその間に七種類の駐車場コピー、作品アルバム等の置かれている机の椅子に座る。画廊内をながめている。ロッカー一個他に机二つ、壁には棚が二つ取り付けられ、保管庫が二個あり、鉄の直方体アングル三百キロ、道具箱、黒板、自分のいる机と椅子のそばを通って、又タイム・レコーダーの音だ。それから僕は医療器具戸棚の上にある事務袋からテープ・レコーダーを出し。スイッチを押し、又袋の中に入れ器具戸棚の右上に置く。エルヴィスの古いロックン・ロールが画廊中に鳴り響く。ブルームーン・オブ・ケンタッキー。

ロッカーから外出着であるコートを取り出し身につける。さらにR-8にての使用テープをスタートさせ事務袋に入れる。僕はそれを腕にかかえて外に出た。地下鉄銀座線に乗る。乗り換える。僕の腕の中には心臓の鼓動と同じ間隔で足音が鳴っている。路上は芝大門近くであるらしい。公衆便所にて小便している時、録音テープが終了した。外出着のポケットから虫ピン一本取り出し、水の給水管の接続部分に刺し込む。所在地、港区芝公園四の六の公衆便所内での一場面である。この行為がR-14である。毎日僕は夢遊病患者のごとく歩き回り虫ピンを刺すであろう。僕は画廊への帰りを急いだ。ハウンド・ドック。画廊内はただエルヴィスが反響して静寂である。すべて順調である。少々の酒の酔いと煙草の眩暈が欲しくなる。休息である。エルヴィス、タイム・レコーダーの音、静かだ。快く熱いウィスキー。柔らかい煙草、ハイライト。R-15の準備と研究発表(最終日決行)の録音準備にかかる前の午後三時から四時の安定した曖昧な、けだるい時間。僕は休息している。数人の画廊見物人に挨拶をする。彼、彼女らは奥の画廊事務室に入る。僕は画廊内の椅子に座っている。三百キロの鉄の直方体のアングルが冷たく鈍く軽やかに語りかけて来る。

今、戦争は休息の中にある。本当は重い。

休息が終わり、作業着に着換える。ドント・ビー・クール、冷たくしないで。ドリルを握る手が歌うぜ。冷たく硬い鉄の感触に音はハスキー・ボイス。しかも高音でさ。刃を油に突っ込みエルヴィスと合唱だ。お前のボーカル、僕らはコーラスさ。思った通りだぜ、硬すぎらァ。音は歌の強力な武器だ、最高だぜ。しかも長い継続の時間が、何言ってんだ、関心してる場合じゃねェ、俺の一生に比べりァ欠伸みたいなもんさ•3。ソレヤレ、コレヤレ穴開けろのゴスペルだ。ギーゴギュン、ギギギギギィストン、いやスポン。開いたぜ、アイタ。ロンサム・カウボーイ。今日は祭りだ。儀式だ。お祝いだ。オヨシヨ泣くのは…、イイのよ、これは嬉し泣き。天使様の誕生だぜ、ベイビー。祭りだ子供だナンマイダ、名のない子供の誕生だ。踊ろうぜ、歌おう、今夜は快調。さァ彼女は会長、開帳したぜ。

次の日、僕らは結婚届を出した。

R-15の一幕である。この作業から出る音すべてが録音されている。このテープが研究発表にて流されるのである。そこでは赤いバラが一本だけあれば足りるだろう。

ところで、帝王切開における画廊内の展示状態を述べておく必要があるだろう。画廊手前右角にはタイム・レコーダー。続く壁には黒板があり一日の日程表が貼られてある。机の引き出しを開けると、赤で着色された女性の謄写ワックス三十二枚。その位置から画廊奥に三百キロの鉄のアングル。そばに道具箱が置かれてある。突き当りの壁に時計。その下に白い医療器具戸棚がある。扉を開けると一番上の棚には、作品“精子”が八本並んでいる。二番目には作品“卵巣”が一個、一番下のコーナーには”妊婦”が作品として四個置かれている。その下には左右に引き出しが付いている。左を開けるとSEMEN(精液)の英文字、右は初めから少し開けられていて、その中にはBLOOD(血液)の英文字で記された紙がそれぞれ左右の引き出しに一枚づつ入っている。さて右側の壁である。棚が二組、それぞれその上にガラス容器とアルバム。机が二台。保管庫二個。これらは対称的な一対をなして置かれてある。左側のコーナーから述べることにする。ガラス容器には黒ラテックス入りの小さなガラス容器が一個入れてある。さらにアルバムを開くと一組のボルト、ナットのポジ謄写ワックスが全ページ入れられてある。机には薬品ビン三十二個が等間隔に並べてあり、眼帯大サイズに切判された包帯には一から三十二までの数字がプリントされ、それらの薬品ビンの中に入っている。保管庫の中には合板と牛皮の作品四個、油と鉄粉入りステンレス・ビーカー二個、メスと手術用ハサミ一本づつ入っているアルミ容器が置かれている。この左側のコーナーはポジ的現実であり、僕の肉体の部分に属しているかもしれない。右側である。棚には白ラテックス入り容器、一組のボルト、ナットのネガ謄写ワックス用アルバムがある。机には適当な厚みに巻かれた包帯入り薬品ビンが八個ある。保管庫を開けると、合板だけが四組、乾いた鉄粉だけ入ったステンレス・ビーカー二個、包帯巻きメスとハサミ入りアルミ容器が見えている。こちらはネガ的非現実性であり、僕の思考的部分、又は死の部分であるかもしれない。さらに入口手前、右側にはロッカー一個がある。その中には外出着、作業着、事務袋が入っている。

この田村画廊における帝王切開での発表は僕の青春の終身までの間の集成であり、今後の発表活動における基礎的意味が含まれ、二度とくり返せぬ出来事となるであろう。

いやいや、やはり医療器具戸棚の上のエルヴィスであり、継続するタイム・レコーダーの音なのだ。三月十八日、日曜日である。画廊内には壁の時計と机一つが残され、すべてがかたづけられている。その机の上には一本の赤いバラが生けられ、テープ・レコーダーが置かれている。そこから流れる高音の金属音、足音、判別不可能な話し声、エルヴィスがあるだけだ。
それだけだ。


[編者註]
1|この文章は新里陽一『物語』(1982年)の一節「帝王切開一九七三年三月十二日~十八日田村画廊にて」(4-10頁)の全文である。ただし、明らかな誤記と考えられる箇所には修正を入れ、編者註に記した。
2|原文の「行為する場としの問題」を「行為する場としての問題」とした。
3|原文の「場合じねェ」を「場合じゃねェ」とした。